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岐阜地方裁判所 平成10年(行ウ)11号 判決 2000年12月06日

原告

A合名会社

右代表者代表社員

右訴訟代理人弁護士

平野博史

被告

岐阜南税務署長 野呂精一

右指定代理人

中村敏雄

渡邉元尋

石川誠治

山口薫

安藤正人

小林孝生

西尾一義

伊与田久

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告の平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの事業年度分の法人税につき、原告に対し同年一二月二六日付でした法人税額等の更正及び過少申告加算税の賦課決定のうち、法人税金一六万七一六〇円を超える部分はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、織物販売を業とする合名会社である。

2  原告は、平成七年四月一日から平成八年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税につき、被告に対して、次のとおり、確定申告(青色申告)をした(ただし、平成八年一一月一八日付で修正申告したもの)。

(一) 所得金額 一二五万九五五七円

(二) 法人税額計 三五万二五二〇円

(三) 控除所得税額等 三五万二五二〇円

(四) 納付すべき税額 〇円

3  本件課税処分

被告は、右に対し、同年一二月二六日付で、以下のとおり法人税額等更正及び過少申告加算税の賦課決定をした(以下それぞれ「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」といい、両者を併せて「本件課税処分」という。)。

(一) 所得金額 二四九八万五四三二円

(二) 法人税額計 八六〇万九三七五円

(三) 控除所得税額等 三六万九九二八円

(四) 納付すべき税額 八二三万九四〇〇円

(五) 過少申告加算税 一二〇万九五〇〇円

4  本件課税処分の違法性

しかしながら、以下のとおり、本件課税処分のうち一六万七一六〇円を超える部分は違法である。

(一) 被告は、本件課税処分の理由の一つとして、B株式会社(以下「B」という。)から仕入れ、C株式会社(以下「C」という。)及びD株式会社(以下「D」といい、両者を併せて「C等」という。)に染色加工のため預けていた別表記載の生機(以下「本件生機」という。ただし、別表1記載の生機がC管理分であり、同2記載の生機がD管理分である。)が、期末棚卸資産の額に計上漏れとなっていたので、棚卸資産の計上漏れとして、二四三八万七六三〇円を当期利益に加算したとする。

しかしながら、後記再抗弁1及び2記載のとおり、本件事業年度末前に、原告は本件生機について所有権を喪失したか、所有物としての支配を喪失したから、右を期末棚卸資産に計上すべきではない。したがって、本件処分のうち、所得金額二四九八万五四三二円から前記棚卸資産分の二四三八万七六三〇円を減額した所得金額五九万七八〇二円の納付すべき税額一六万七一六〇円を超える部分は、違法というべきである。

(二) また、本件課税処分は、根拠・理由が具体的に明示されておらず、法人税法一三〇条二項により適法になされたものではなく、違法である。

5  原告は、平成九年二月二四日付で国税不服審判所長に対し、本件課税処分の取消しを求めて審査請求をしたところ、右所長は、平成一〇年四月一七日付で本件処分を適法として右審査請求を棄却した。

6  よって、原告は、被告に対し、本件課税処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4(一)(二)は争う。

3  同5は認める。

三  抗弁

1  本件生機の期末棚卸資産該当性

(一) 原告は織物の販売を業としているもので、Bから生機等を仕入れていた。Bは原告が仕入れた生機をC等に委託して染色加工等を経た後、原告に納品していた。

(二) 原告は、Bから仕入れて、染色整理等のためC等に直送されていた生機等について、その都度、Bから預り反明細書の発行を受け、これに基づき仕入れを計上するとともに、未納品の在庫としてこれを管理していた。

(三) 後記再抗弁1記載のC等が原告に対し本件生機の引渡を拒絶した当時、原告は、本件生機について、事前にBから預り反明細書の発行を受けて仕入に計上し、未納品の在庫としてこれを管理して、それぞれ所有していた。

(四) したがって、本件生機は本件事業年度の期末棚卸資産に該当するというべきである。

2  本件生機仕入代金相当額の損害賠償請求権の資産該当性(抗弁1、再抗弁1又は2を前提として)

(一) 仮に後記再抗弁1又は2のとおり、本件生機分の期末棚卸資産の喪失が認められたとしても、右と同時に、原告はBに対して本件生機の仕入代金相当額の損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)を取得することになるから、これを資産として計上すべきことになる。

しかしながら、原告は本件損害賠償請求権を資産として計上していないから、本件課税処分は結論において正当であり、違法性はない。

(二) 被告が本件更正処分の理由を前期(一)のとおりに差し替えたとしても、右は本件生機の評価に関する処理方法をめぐるものであって、更正処分の理由附記との間には基本的事実関係の同一性が認められるものであり、右のとおり理由を差し替えても原告に格別の不利益を与えるものではなく、適法である。

3  理由附記について

法人税法一三〇条二項は、青色申告法人の所得を更正する場合、その更正通知書に理由を附記すべきものとしているが、その趣旨は、原処分庁の判断の慎重、合理性を担保にしてその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解するのを相当とするところ、被告の更正の理由は具体的に明示されており、その適法性に欠けるところはない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1に対して

抗弁1(一)ないし(三)の事実は認め、同(四)は争う。

2  抗弁2に対して

抗弁2(一)及び(二)は否認ないし争う。

(一) 両建処理の不当性

本件において、本件生機を代物弁済に供したBの行為は原告に対する横領行為を構成する。かかる犯罪行為による損失と損害賠償請求権の両建処理をすべきか否かについては、企業会計原則や会計慣行が存在しないところ、収益及び損失はそれが同一の原因によって生ずるものであっても、各個独立に確定すべきことを原則とすべきものであるから、消極に解すべきである。本件においては、相手方であるBの資力等にかんがみて、同社に対する損害賠償請求権の実現性が客観的に疑わしかったというのであるから、収益としては確定すべきものがなく、これを益金に計上する必要はなかったと解すべきである。

(二) 理由の差し替え

抗弁2の主張は、本件課税処分の理由を差替えるものであり、かかる処分理由の差し替えは、処分時の理由と差し替え後の理由が内容的に異なるものであり、許されない。

3  抗弁3は争う。

被告は、税務調査の際、原告の商品出納帳及び製品預り反明細書等を調査して、本件生機について棚卸資産の計上漏れを原告に指摘したが、その際原告は、本件生機は原告の所有物でなくなったので、会社の決算に当たって棚卸資産とせず、事業内の一般事業活動に必要な営業上のリスクと捉え、売上原価の一部と認識し経理処理した旨説明した。このように、原告は、棚卸減耗の事実を指摘して、右商品出納帳及び製品預かり反明細書を補正しているのであり、本件更正処分は原告の帳簿書類の記載自体を否定するに等しい。

また、本件更正処分の理由は、単に商品出納帳の存在を摘示したにとどまるものであり、本件生機がなお棚卸資産であるとする根拠も理由も全く摘示されていない。

五  再抗弁

1  C等の本件生機の即時取得(抗弁1に対し)

(一) 原告は、平成八年三月二三日ころ、Cに対し本件生機のうち同社が占有管理しているものの引渡を求めたところ、同社は、Bとの委託加工契約書(甲三)を根拠に、本件生機はBに対する債権に代物弁済で充当したとして、引渡しを拒絶した。

(二) また、Dに対しても、同月ころ、電話で同様の要求をしたが、同社は、同様の契約書があるとして引渡しを拒絶した。

(三) 以上によれば、C等は、右の引渡拒絶時に、本件生機について、代物弁済の意思表示をし、右に基づきそれぞれ本件生機の引渡を受け、即時取得したというべきであり、原告は右により本件生機の所有権を喪失したというべきである。

2  本件生機の所有物としての支配の喪失(抗弁1に対して)

期末棚卸資産は、当該棚卸資産の所有権を失った場合のほか、所有物としての支配を喪失した場合も、その資産性が失われると解すべきところ、本件において、原告は、前期1(一)及び(二)記載のとおり、C等に本件生機の引渡を求めたが、拒絶されたというのであり、右からすれば、原告は本件生機について所有物としての支配を失ったというべきである。

3  本件生機の仕入代金相当額の損害賠償請求権の貸倒(抗弁2に対し)

(一) 貸倒を損失として処理できる場合は、債務者について破産、和議、強制執行、整理、死亡、行方不明、債務超過、天災事故・経済事情の急変等の事実が発生したため回収の見込みがない場合の他、債務者についてこれらの事実が生じていない場合であっても、その資産状況等の如何によってはこれに該当するものとして取り扱うなど弾力的な運用を行うべきである。

(二) 本件においては、Bは平成八年三月二一日破産申立てをしたうえ、返済の引き当てになる資産はなかったのであるから、右の基準を優に満たすというべきである。したがって、原告のBに対する仕入代金相当額の損害賠償請求権は損金として処理されうるものであった。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

1  再抗弁1(一)及び(二)のうち、C等が原告に対して本件生機の引渡しを拒絶したことは認め、その時期が本件事業年度内であったこと及びその理由がBとの間の契約に基づく代物弁済であることは否認する。右拒絶は平成八年四月以降において行われたものであり、また、拒絶の理由も代物弁済ではなく、C等がBに対して有する染色等の代金債権に基づく民事留置権の行使を理由とするものである。

同(三)は否認ないし争う。

2  再抗弁2は否認ないし争う。所有物としての支配を失ったとの主張は、その法的意味が不明である上、その概念がどのように棚卸資産としての計上が不必要であることにつながるのか不明であり、理由がない。

3  再抗弁3(一)は認める。

同(二)のうち、Bが破産申立てをしたことは認め、その余は否認ないし争う。

(一) 法人税法基本通達九‐六‐一によれば、法人の有する売掛金、貸付金その他の債権につき、<1>会社更生法、商法、和議法の規定による決定により切り捨てられることとなった金額、<2>法令の規定による整理手続によらない関係者の協議決定により切り捨てられることとなった金額、<3>債務者の債務超過状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額がある場合は、その事実が発生した日の属する事業年度の貸倒として損金の額に算入する旨取り扱われている。

Bは平成八年三月二一日、岐阜地方裁判所に対して自己破産の申立(平成八年(フ)第一〇七号)を行ったが、原告は、同裁判所から、破産者をB、破産宣告年月日を同年四月二六日午前一〇時〇分とする平成八年五月二日付破産宣告通知を受け、同年五月二三日に破産管財人に対して破産債権届出を提出している。そして、原告は破産財団から配当を受けた金額を平成九年度において雑収入に計上している。

右事実に照らせば、右<1>に述べた決定の事実はなく、また原告は<2>及び<3>に該当する事実を主張しておらず、かえって破産手続の中で債権の一部を回収しているのであるから、平成八年三月期において貸倒と認める事実が発生したとは到底認められない。

(二) 法人税基本通達九‐六‐二は、法人の有する資金等につき、その債務者の資産状況、支払い能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒として損金経理することができる旨取り扱われているが、本件事業年度末においてBは自己破産の申立をしたのみで、破産宣告がなされたわけではなく、しかも、前期(一)のとおり原告が破産財団から配当金を受け取っていることからすれば、本件事業年度末において債権の全額が回収不能であることが明らかになったとはいえない。

七  再々抗弁(C等の悪意又は有過失‐再抗弁1に対して)

C等が本件生機につき代物弁済の意思表示をした際、C等はBが本件生機につき無権利者であることを知っていたか、あるいは権利者であることを疑っていた。

八  再々抗弁に対する認否

同事実は否認する。

理由

一  請求原因1ないし3、5の事実は当事者間に争いがない。

二  本件生機の期末棚卸資産性について

1  抗弁(一)ないし(三)の事実は当事者間に争いがない。

2  次に、再抗弁1(Cらによる本件生機の即時取得)について検討する。

(一)  証拠(甲四ないし甲八、乙一ないし乙四《枝番を含む。》、乙七ないし乙九、証人乙)及び当事者間に争いのない事実によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告の無限責任社員である乙は、平成八年三月二〇日午後一〇時ころ、Bの社員で原告の営業を担当していた丙から、Bが破産の申立をしたこと、本件生機が染色加工のためC等にあることを聞いた。そこで、乙は、右丙に対し、翌朝Cから本件生機を取戻してもらうよう交渉を依頼したが、丙による交渉は物別れに終わった。

(2) 乙は、丙の段取りにより、まず、Cの責任者と会うことにし、同月二七日ころ、岐阜県羽島郡笠松町内の喫茶店で、丙とともに同社取締役営業部長丁に会い、同人に対し、本件生機のうちCの管理分の返還を求めたが、丁は、Bとの間の委託加工品契約書の代物弁済予約条項、すなわち、Bにおいてやむを得ない事由にり支払不能のおそれがあるときは、それに相当価格の範囲で受託品をCにおいて代物決済することができる旨の条項を根拠に、これを拒絶した。

(3) そこで、乙は、原告の顧客に迷惑を掛けることができないので、本件生機の購入を丁に打診し、交渉を続けた結果、同年四月二〇日ころ、原告が一〇〇〇万円弱でCの管理する生機を購入し、同年五月一日ころ引渡を受ける旨話がまとまった。

(4) 乙は、同年三月ころ、Dに対しても、電話で生機の返還を求めたが、同社は、Bに対する債権の担保として留置するとして、返還を拒絶した。なお、DもBとの間で染色整理加工契約を結び、その中で同様の代物弁済予約条項を定めていたが、右電話の際、Dは右条項について言及しなかった。

(5) その後、乙はDに対しても生機の返還交渉を続けた結果、同年八月末ころ、加工賃四万三四六一円(消費税含む。)と引き替えに生機の返還を受ける旨話がまとまった。

(二)  以上の認定事実によれば、Cについて、同社はBとの間の代物弁済予約条項を根拠に原告の生機返還要求を拒絶していること、その場にBの丙も同席しており、右はBに対する意思表示とも解しうること、Cは結局一〇〇〇万円弱の価格で生機引渡に応じたことが認められ、右からすれば、同社が前記(一)(1)(2)記載の原告に対する生機の返還拒絶をもって、代物弁済予約条項に基づく予約完結の意思表示をし(以下「本件予約完結意思表示」という。)、そのころ右意思表示はBに対して到達したと認められ、右到達をもってBとの間で本件生機について代物弁済契約が成立したというべきである。そして、右代物弁済予約条項の内容に照らせば、代物弁済予約には右に基づく簡易の引渡の予約も含まれているというべきであって、右によれば、Cは、本件予約完結意思表示により、本件生機について、代物弁済契約に基づく簡易の引渡しを受けたというべきで、再々抗弁(Cの悪意又は有過失)が認められない限り、Cによる本件生機の即時取得が認められることとなる。

(三)  一方、Dについては、同社はBとの間の代物弁済予約条項を根拠に原告の生機返還要求を拒絶したわけではないこと。同社が生機引渡を拒絶したのは、乙との電話での会話の中であり、Bに対する意思表示とは認められないこと、さらに生機引渡に応じたのも加工賃四万三四六一円と引き換えであったことが認められ、右によれば、前記(一)(4)の生機の引渡拒絶をもって、Bとの間で代物弁済予約条項に基づく予約完結の意思表示があったということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであって、再抗弁1は、本件生機のうち、C管理分については理由があるが、D管理分については理由がない。

3  再々抗弁について

右2(二)のとおり代物弁済予約完結の意思表示の認められるC管理分の本件生機について検討するに、前記2(一)(二)認定のとおり、Cは、原告が同社に対して所有権に基づく生機の返還請求をした際に代物弁済契約による簡易の引渡を受けたものであるから、Cは、本件生機の所有権は原告にあり、Bは本件生機について無権利者であることを知っていたか、少なくとも本件生機の所有権者であることについて疑いを有していたというべきであって、Bが権利者であると信じたことについて過失を認めることができる。

したがって、再々抗弁は理由があり、結局、Cは本件生機を即時取得したとは認められない。

4  再抗弁2について

(一)  原告は、本件生機について、C等から引渡を拒絶されたことから、所有物としての支配を喪失したとして、本件生機の期末棚卸資産性が喪失した旨主張する。

しかしながら、支配の喪失によって当該資産がその棚卸資産性を喪失するといいうるためには、盗難のように、当該資産に対する支配を回復することが法的にも社会・経済的にも著しく困難である場合にかぎると解すべきである。

(二)  そこで、まずCとの関係についてみるに、本件生機はCにあることは明らかであり、Cが本件生機について所有権を主張して引渡を拒絶する理由はないことは前述のとおりであるから、原告はCに対し所有権に基づき本件生機の引渡を求め、本件生機に対する占有支配を回復する可能性がある。

もっとも、前記認定によれば、原告は顧客に迷惑をかけないために早急に本件生機を入手しなければならない状況にあり、平成八年四月二〇日には本件生機をCから購入したことが認められ、原告は本件生機の占有支配を回復するために法的救済を待つことが困難であったことがうかがえる。しかしながら、本件の場合本件生機の占有支配の回復が困難であったのは顧客に対する納期までに占有支配を回復することが困難であって、いわば時間的制約のために支配の回復が困難であったにすぎないのであるから、このような場合にも支配の回復が社会・経済的に著しく困難な場合ということはできない。

(三)  次に、Dとの関係についてみるに、前記認定によれば、Dは、Bとの間の代物弁済予約条項について触れることなく、Bに対する債権の担保として留置するとして、生機の返還を拒絶したというのであり、同社は法律的には民事留置権の主張をしているにすぎないから、D管理分の本件生機についても、支配の回復が法的にも社会・経済的にも著しく困難であったとはいえない。

(四)  よって、支配の喪失による棚卸資産性の喪失に関する原告の主張も理由がない。

三  理由附記について

1  法人税法一三〇条二項は、青色申告に係る法人税の更正について、更正通知書にその更正の理由を附記すべきものと定めているところ、これは青色申告による取得の計算が法定の帳簿組織による正当な記載に基づくかぎり、その記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障し、更正処分を行う課税庁の判断の慎重さと合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与える趣旨に基づくものである。

右によれば、帳簿書類の記載自体を否認して更正をする場合には、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけでなく、帳簿に記載されたところ以上に信憑性のある資料を摘示することによって更正した根拠を具体的に明示することを要する(最高裁昭和三六年(オ)第八四号同三八年五月三一日第二小法廷判決・民集一七巻四号六一七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第八四号同五四年四月一九日第一小法廷判決・民集三三巻三号三七九頁等)。しかしながら、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合において、右の更正は納税者による帳簿の記載を覆すものではないから、更正通知書記載の更正の理由は、前記の更正の理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するもの、すなわち、更正の対象となる事実とこれに対する課税庁の法的評価ないし法的判断の結論が表示されている限り、法の要求する更正理由の附記として欠けるところはなく、それ以上に当該法的評価ないし法的判断の根拠となった事実まで記載する必要はないと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるに、証拠(甲一、甲二、甲六、甲七)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事業年度の法人税の確定申告及び修正申告において、本件生機を売上原価と認識して、期末棚卸資産として一切計上しなかったこと、本件更正理由の記載は、原告の帳簿書類である棚卸資産の明細書と商品出納帳とを対照させた結果、Bから仕入れ、本件事業年度末にC等に預けていた本件生機が期末棚卸資産の額に計上漏れになっていることを根拠に、本件生機の品名、数量、金額等を具体的に摘示した上、棚卸資産の計上漏れとして当期利益に加算した旨が記載されていることが認められ、右によれば、本件更正処分は、更正の対象となる事実及び帳簿書類を根拠に本件生機の仕入代金額を棚卸資産として加算した根拠を具体的に示したもので、理由附記に欠けるものではない。

3  これに対し、原告は、本件更正処分の理由は、単に商品出納帳の存在を摘示したにとどまるものであり、本件生機がなお期末棚卸資産であるとする根拠及び理由が全く摘示されていない旨主張し、確かに、本件更正理由は、棚卸資産の計上漏れを指摘するものであって、原告が主張する棚卸減耗を認めない理由を記載したものではない。しかしながら、本件更正処分の理由は前記認定のとおりであって、右記載内容によれば、本件更正の理由は、被告の判断の慎重さと合理性を担保しその恣意を抑制し、かつ原告の不服申立ての便宜を与えるのに必要十分な程度に示されているということができ、右以上に被告において棚卸減耗費が生じなかったことの根拠を示す必要までは認められず、原告の右主張は採用できない。

4  以上によれば、本件更正理由においても違法な点はなく、この点についての原告の主張もまた理由がない。

四  以上のとおりであって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 夏目明徳 裁判官 今泉裕登)

別表1

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